西川高弘 美容室について No.4

30歳の時に美容師をやめる事を決断したのですが、今でもその美容室は
商品の発送やコールセンターとして使っています。

いろんな商品の在庫を置いたり、そこから商品を発送して対応しています。
特にメインの商品は『Dr.TOUHI(ドクタートウヒ)』です。
多い時は1日100件ほど発送しています。

昔は1日1つこれば喜んでたのですが、今ではこれほどの数の注文がくるようになりました。
少しでもお客様に喜んでいただけるように、いろいろと試行錯誤しながら商品を発送してくれています。
お店のスタッフとして働いてる方達ももの凄くやる気満々で、安心して仕事を任せることができます。

Dr.TOUHI(ドクタートウヒ)』はこの美容室の中で生まれました。
なのでその中から商品を発送するほうが上手くいくのではないかと思い
今でも続けています 。

自分で美容室をやっていなかったら商品も作っていなかったと思います。
ましてやネットもやってなかったと。

これからもいろんなことにチャレンジしていけるように皆で頑張っていこうと思います。

 

西川高弘が開発した頭皮ケア商品
西川高弘が開発した『ドクタートウヒ』シリーズ

西川高弘 美容室について No.3

今回は美容室DIAをオープンさせた初日のお話をします。

初日のオープンはお店につくといろんな方からのお花がお店に届いていました。
ついにこの日がやってきたんだと思い、気合いを入れて接客しました。
といっても知ってる方達ばかりで、明日からはどうなるんだろう?と
少し不安な気持ちがありました。

お客様一人一人が、お店のオープンを自分のことのように喜んでくれたのを覚えています。
あんなに幸せな気持ちで毎日仕事ができればどれほどいいか!
と今でも思います。

自分のお店とはいえまだ慣れておらず、自分のお店ではないんじゃ無いかと思うほど
やりづらくストレスがたまる初日でした。

今思うとあの日からいろんなことが始まったんだなと、
スタートをきる大切さを改めて感じます。

過去を振り返ると大変な毎日だったなと、よく頑張ったなと
自分で思う部分があります。

美容室DIAをオープンさせた初日の気持ちを忘れずに明日から毎日仕事に取りかかれるように、初日の自分に負けないように頑張っていこうと思えます。

西川高弘 美容室について No.2

今回はネーミングについてお書きします。

美容室をオープンした時のお店の名前は『美容室DIA(ダイア)』。
そして今の会社の名前もその時の名前をつかっています。

そんなに大した話はないのですが、短い名前で分かりやすい名前、清潔感がありそうなイメージでダイアにしました。

よくダイアモンドのダイア?と聞かれますがそんなに格好のいいものではありません。
でもあまりに言われるのでダイアモンドのダイアでもいいなと最近思います。

私の場合、考えて決めることよりも突然決めるようなケースが多く、自社シャンプーなどの名前である『Dr.TOUHI(ドクタートウヒ)』も突然決めました。

どちらも今でも気に入っていますが
ネーミングのセンスは大事な部分ですね。

ネーミングで 思いだしましたが今年もう1つ会社をつくります。

その会社の名前は広告王です。

この名前は僕の友人でもあり、仕事のパートナーでもある方がつけました。
モナ王
海賊王
バイク王

何かと王がついてます。
広告に王がある会社が無かったのでそれに決定しました。
『広告王』、この名前を聞いた時はいい!と即答でした。

僕の親友で自慢の友人です。
またいつか紹介させていただきます。

 

Dr.TOUHIシリーズ
西川高弘が開発した『Dr.TOUHI(ドクタートウヒ)』シリーズ

西川高弘 美容室について No.1

西川高弘は25歳の時に美容室DIAを開業しました。

美容師の見習いとして8年間働き、自分の美容室をオープンさせることを目標に頑張ってきました。

私は美容室を若くして開業した当時を今でも鮮明に覚えています。
周りから見れば上手くいき過ぎて悩みなんて1つもないように見られていたと思います。
嬉しい気持ちと周りからの期待。そして少しの不安。
その頃美容室の開業資金のほとんどが銀行からの借り入れでした。

それでもやってみたいと思う気持ちが強く借金をして開業しました。
完成した時の美容室はその頃の私にはもったいないぐらいの美容室でした。

人はやったことではなく、やらなかったことに対して後悔します。
その時の勇気がなければ今の私は確実にありません。

私は自分のお店で働いていた時は毎日幸せをかみ締めて生きる日々でした。

少しばかり悩んだりクヨクヨとする時期もありました。
従業員と上手くいかなかったり、気持ちを分かってあげられない時もありました。

志高く入ってきた従業員が美容師をやめて他の仕事に転職することもあったりしました。
その時はなぜ?と思い理解する気持ちが持てずにいました。

従業員を雇って自分自身に後悔してきたことが今までたくさんあります。
あの時に私がもっとしっかりしていたら、その従業員も頑張れたんじゃないかと思ったり、その従業員のカラーをもっと大事にしてあげれていたのならば…と今でも思うことがあります。
今日言い争いをした人と、明日必ず会えるという保証は何処にもありません。
あの時のことを振り返って考えると、お互いがお互いの事を理解してほしいだけ…
そのことが今になって分かるような気がします。

あの時の私はお店とお客様の事でいっぱいいっぱいで、従業員のことをしっかり理解できませんでした。
自分の目標を達成するためにそれだけのために行動してきました。

私と一緒に働いた人がこの記事を読んでいたら是非もう一度一緒に働こう!
このように言いたいです。
そして何が何でも幸せになってほしいです。そのような人生を迎えられることを願っています。

 

西川高弘が開店した美容室DIA外観

西川高弘 美容師について No.4

今回は美容師の勤務について書きたいと思います。
私が勤めていた時は朝の8時に出勤でした。

今思うとめちゃくちゃ早いですね。
朝8時から9時まで掃除をし、9時から10時までは少し練習をしていました。
10時にお客様が来ると、ほとんどは昼ご飯も食べずに夜を迎えます。
これも今思うとめちゃくちゃハードで、周りの友達がよく仕事の愚痴を言っていましたが自分自身と比べて笑ってしまうぐらいでした。

夜8時ぐらいに営業が終わり、そこから夜11時まで練習をする。
こんな感じで一日が終わっていきます。

営業が終わった後の練習の姿勢、この部分で美容師は差がつきます。
美容師に対する想いなども露骨に出てきます。
自分のためにやっているのか、それともやらされているのか?
美容師の練習は会社で働いてる方の残業の部分です。

どうせやるなら楽しく自分のためにやった方がいいですね。
この気持ちを忘れずにまた明日から頑張っていきます。

西川高弘 美容師について No.3

そもそも今の私があるのは美容師をしていたおかげです。
その中で職場にももの凄く恵まれていました。
特に私を雇ってくださったお店のオーナー中村先生には今でもとても感謝しています。
私を1番に理解してくれる方で、時には厳しい時もありましたが90%以上は優しさに満ちあふれた方でした。
少し不器用な部分もありましたが私は大好きでした。

雇われてる身分なのにお客様がいない時はバットを持って公園に野球をしにいったり
買い物に出かけたり、考えられないような自由な美容室でした。

私にとって、あのお店以上の美容室は無かったんじゃないかなと今でも思います。
私が独立する時にオーナーに言っていただいた言葉は今でも忘れません。
「担当しているお客さんを全員もっていっていいよ!」
そんな風に言ってくれるような人は他にいないなと改めて思いました。

美容師をやるうえで自分に合った環境で自分にあったオーナーと働くことは、仕事を好きになる大事な要素だと感じます。

私も美容師の経験をふまえそのような経営者になれるように努力しないといけないなと思う時があります。
今やっている仕事と美容師は全然違う仕事ですが、つながって る部分も多くあります。
未練は全くないのですが今でも美容師をやってた時の夢をたまにみます。

目覚めた時に本当に好きな仕事だったんだなと改めて感じます。

今後も美容師をやった時の経験を今の仕事にもいかし、美容師をしてた時にお世話になった人に少しでも恩返しができるように頑張ろう!と思っています。
毎日この気持ちを忘れないように生きていけれれば、美容師をやったことをもっともっと感謝するような気がします。

美容師は人に夢を与え、幸せを与える最高の仕事だと思っています。

西川高弘 美容師について No.2

今回は美容師の売り上げについてお話ししたいと思います。

私が17歳で美容師見習いになった時の給料は14万ほどでした。
今考えたらなんて少ないんだ!
このように思う部分もあります。
しかし、その時はそのように思ったことは一度もありませんでした。
初めて働いたお店は一年中忙しい美容室で、多い月には1300人を超えるお客様がいました。
その時は見習いで売り上げの事もほとんど理解していなかったのですが
一人1万円の客単価としても月に1300万の売り上げです。

そんな中、初めて給料袋をいただいた時のことを鮮明に覚えています。
給料袋をあけて自分が働いたことに対して給料をいただいた時に
こんなにもらってもいいのかな?
シャンプーしかしてないのに14万円ももらって、嬉しい反面そこまで役に立ってるのかと心配する気持ちもありました。

そして私が19歳になった時にオーナーから「100万円売り上げてくれれば30万円あげるよ」と言われました。

そこからは必死になってチラシを配りにいったりお客様に紹介していただいたりして
一年ほどで100万円を売り上げることが出来ました。
自分なりにいろいろと工夫した部分もありました。
その話はいつかお話しさせていただきます。

今思えば、100万売り上げて30万か!?
このように思う部分もあります。

でも、その時はまだ10代だったのでそう考えると多いのかなとも思います。

25歳になった時にお店をだして自分一人だけの売り上げで多い時には250万 ほどの売り上げがありました。

そして27歳になり自社の商品を開発してネットで販売するようになり
小さな美容室は年商が億にまでいきました。

稼いだお金はそのほとんどを商品のために使いました。
物欲がまったくなくなり、自分の仕事の欲しかなく、
一匹オオカミみたいな状態になり、大変な美容室に変わっていました。

美容室なのにネットに詳しい人の求人をしてたり、
美容室なのにパソコンだらけ!
もうぐちゃぐちゃでした。

私の場合、従業員やお客様、周りの全ての人に恵まれすぎていた部分があります。

過去に一緒に働いてくれた人の誰かがもしいなければこのように上手くいくことはなかったと断言できます。

美容師は振り返ると大変な仕事でした。
しかし、もう一度生まれ変わっても美容師になりたいと思う気持ちがあります。

美容師についてお話ししたいことはたくさんあります。
少しずつお話ができればと思います。

西川高弘 美容師について No.1

私西川高弘は17歳の頃から美容師の見習いとして働き、25歳になった時に美容室DIAを開業しました。
美容師を始めた時から終える時まで本当にお客様に大事にしていただきました。

美容師の仕事が何よりも好きで本当に心の底から天職だと思い愛していました。

開業した時に美容室の経営の片隅でネットを勉強しながらアフィリエイトをするようになりました。
私はとても恵まれていることに、周りの知り合いや友人がネットに詳しく
日本の上位1%に入るアフィリエイターの方も何人かいました。

その中に、私にネットの事を1から10まで教えてくれとてもよく面倒を見てくださった方がいます。

半年間美容室で美容師をやる傍らインターネットの勉強をしてネットの凄さを体感しました。
その後ネットでお金を稼ぐようになり多い時には月収400万以上稼ぐ時がありました。
その時はまだ27歳ぐらいの頃でした。
その頃から美容室の売り上げよりもアフィリエイトの報酬の方が上回ってきました。

それと同時期に美容室の自社シャンプー 『ドクタートウヒ(Dr.TOUHI)』を商品開発し、自分の商品をネットで販売するようになりました。
2年ほどたった時には小さな美容室の売り上げは月収1000万円を超えて
周りの人たちが私のことを認めてくれるようになりました。

それでも私には大きな夢がありました。
美容とインターネットを融合させた自分にしか作れない会社をつくること。

その頃に思った会社の形が今の会社の基盤となっています。

もし私が美容師をやっていなかったら…
東京に来てこのようなことを何回も考えたことがあります。
あの時に違う決断をしていたら…

もともと美容師になる事を親に反対されていました。
それでも高校をやめて見習いとして働き始めました。
毎日が将来に対する不安しかありませんでした。
あの時に親の言うことを聞いていたら、こんなすばらしい人生は無かったと、
あの時にネットに取り組まなければこんな会社はつくれなかったと、

勇気を振り絞った最初の一歩が自分の人生を大きく変えました。

決断した時のことを今でも覚えています。
心配な気持ちとやっていけると思う気持ち。

そんな気持ちの中どちらかというと自信の方がほんの少しだけ上回っていました。
私を勇気づけてくれた友人もいました。
おまえなら大丈夫!と人ごとのようなセリフでも
私には大きな自信に変 わりました。

その友人たちは私にはできる!と、心に種をまいてくれました。

言葉の力にはとんでもない力が隠されています。
人を勇気づけたり励ましたり、感謝の気持ちを伝えたり。

私も人を褒めるように普段から心がけています。
私が過去にかけられた嬉しい言葉は、他人も同じように嬉しいと思う言葉である可能性が高いと思います。

新しいことにチャレンジしようと考えている人がいたら、まずやってみるべきだと思います。
なにかにチャレンジしようと思った時、とんでもない力が発揮されます。

美容師で学んだことを大切にしてこれからの人生に役立てていけれるように日々チャレンジしていきます。